うわさの舞台裏

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『アナと雪の女王』で圧倒!歌が上手すぎる神田沙也加と母・松田聖子との確執とは?

      2015/03/04

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昨年、世界中に話題の旋風が巻き起こった映画『アナと雪の女王』日本語版で
アナの声を務めた神田沙也加さん。

アナが歌うシーンでは、その上手さに世間は驚きました。

しばらくぶりに登場し、人生を変える仕事を掴んだ神田沙也加さんの
スタイルブック『Dolly girl』(宝島社)が
1月23日にめでたく発売されました。

 

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この沙也加さん初の自著の、6ページに渡る自身の半生を紹介している箇所には
父の神田正輝さんとのツーショット写真は掲載されているものの、
母・松田聖子さんの写真はなかったのです。

いったいこれは?と思った人はきっと多かったのではないでしょうか?

これは、いつの間にかできてしまった母娘の間の深い溝を物語っているのだと
『女性自身』で報じられて明かになりました。

それまでは聖子さんと沙也加さんは聖子さんの兄が表取締役、
母・一子さんが役員の所属事務所に在籍していましたが、
昨年2月に11歳年下のマネージャーA氏と共に新事務所に移籍してしまいました。

昔からおばあちゃん子の沙也加さんはそのまま残り、
それ以来、母娘は断絶状態が続いていました。

その辺は既に様々なメディアで報じられてきましたが、
今回の出版で、改めて2人の冷えきった関係が浮き彫りになる形となったようです。

『Dolly girl』には《父神田正輝、母松田聖子の間に、1986年10月1日長女として生まれました》と、“松田聖子”の名前はこの1カ所にしか登場しない。半生紹介からは、母が仕事や恋愛に邁進するあまり、振り回され続けた娘の複雑な心境も読み取れる。

《中学校は正直辛いことしかなかったです。結局4回転校を繰り返しました。最初は高校までエスカレーター式の学校に通う予定だったんです。でも入学ギリギリになって、親が海外を拠点として仕事をすることになって……》(『Dolly girl』より)

引用元:女性自身

 

聖子&沙也加間の確執がはびこっていくいきさつを
かいつまんで振り返ってみましょう。

 

母娘の確執が生まれた背景

神田沙也加のプロフィール

生年月日:1986年10月1日(27歳)

出身地:東京都世田谷区

血液型:A型

職業:歌手、声優、タレント、女優

最終学歴:東海大学付属望星高等学校卒業

 

1997年に両親が離婚し、沙也加さんは聖子さんに引き取られます。

沙也加さんが中学校に進学する年の1999年の前年、
母・聖子さんは6歳年下の歯科医と突然の再婚をしていました。

あの“ビビビ婚”というヤツです。その言葉は一時流行りましたよね。

既に娘の中高一貫の私立校・M学園への入学手続きを済ませていたにもかかわらず
聖子さんのハリウッドの映画撮影が始まるというので、
急遽、彼女はアメリカへ行くことになりました。

なぜかこの時、聖子さんの再婚相手もロサンゼルスの大学に通うことになりました。

そんな背景で事情が変わってしまい、
沙也加さんは千葉県内の私立中学校に入学し、寮生活を送ることに・・・

ここで沙也加さんは“松田聖子の娘”ということがバレて、
とんでもないいじめにあったそうなんです。

その後、ロサンゼルスの学校へ編入するのですが、仕事で忙しい母は留守がちになり、
毎日継父と過ごす気づまりな空気に絶えられず、日本に戻ってくることになりました。

誰にも打ち明けられない数々の悩みを唯一相談できるのは、
聖子さんではなくて祖母の一子さんだったのだそうです。

感受性が強く精神的にも不安定な時期を、そんな風に送った沙也加さんは
母に対する不信感をどんどんつのらせていったようなのです。

母・聖子さんを“いまだに許せない”という思いとなってくすぶったまま、
今回の自著にも反映されたのでは?と記事には記されていました。

 

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母の呪縛から逃れる沙也加

『アナと雪の女王』日本語版で沙也加さんがアナとして歌うシーンでは、
その上手さに誰もが圧倒されましたよね。

鳥肌がたつ上手さ!

これが映画のシーン

 

2001年、中学3年生の時に“SAYAKA”の名でデビューした沙也加さんは

まさに「親の七光り」以外の何者でもありませんでした。

そこから如何にして現状に至ったのか辿っていきましょう。

2002年のデビュー曲『ever since』の売り上げは投じた金額の割には
いまいちで、大成したとはいい難い結果だったようです。

デビュー当時の沙也加さんが置かれた状況は“母の操り人形”でしかなく、
本人がやりがいを見いだせないことにはおかまいなしに
思いどおりにいかない母・聖子さんは留学を勧めたのだそうです。

聖子さんの意向は、娘の人生を仕切り直すために、
アメリカのバークリー音楽学園への留学を計画していたらしいのですが、
沙也加さんは従わずに日本でミュージカルのオーディションを受けました。

ミュージカル『INTO THE WOOD』(’04年)の演出家・宮本亜門氏に
もらったメッセージは奇しくも10年後に『アナと雪の女王』で再現することに・・・

「あなたはあなたでいいんだ」と・・・

高校卒業後はひとり暮らしを始め、
12歳年上のギタリストと交際し、
これを巡って聖子さんと大ゲンカしたことも・・・

自分を見つめ直すためにか、沙也加さんは2005年より
1年半の休養を取ることを決意します。

そしてニューヨークやロンドンに行って、
舞台を観ながら学んだそうです。

その期間に自分の考えに熟考を重ね、
沙也加さんが出した結論は、
ミュージカルや舞台を中心に活動することだったといいます。

休養など、勝手な行動に激怒した聖子さんから
生活費さえもらえなくなってしまった沙也加さんは
生活に窮して、カップ麺の日々もあったとか・・・

そして、ついに2006年12月、
舞台『紫式部ものがたり』で復帰することになったのです。

復帰後の名前は本名の“神田沙也加”。

母が決めた、かつての芸名”SAYAKA”ではありませんでした。

何はともあれ、宮本亜門氏との遭遇が彼女の運命をシフトさせたのですね。

確実に実力を蓄え、沈黙を破ってようやくブレイクした今、
自立した娘の姿を、母はどのような気持ちで眺めているのでしょうか?

 

歌手・聖子の生みの親・音楽プロデューサーの酒井政利氏が代弁する。

「デビューしたころ、沙也加さんは聖子さんに似ていると言われていましたが、私は(父親)神田正輝さん(63)のお母さまで女優だった故・旭輝子さんにそっくりだと思います。沙也加さんには、舞台女優の血が受け継がれているんです。でも、沙也加さんの大ブレイクに内心、聖子さんは穏やかではないと思います。自分がプロデュースしてのことなら手放しで喜んでいるでしょうけど、娘が親離れしてつかんだ成功ですから。聖子さんの性格からすれば『私も負けられない』というライバル心があると思います」

引用元:女性自身

 

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