うわさの舞台裏

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【篠原ともえ】歯も矯正『シノラー』から変身して見事復活!&ナゾの“大湾事件”の真相

      2015/06/17

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2001年の「台湾事件」会見後、静かに表舞台から姿を消した篠原ともえさん。

90年代後半には、奇抜な格好と言動で『シノラー』ブームを巻き起こした篠原さんですが
また最近よく見かけるようになりました。

しかも、以前のちょっとウザいキャラとは全く変わって、
実年齢とマッチした落ち着きを放ち、
ハッキリ言って以前の篠原さんとは別人としか思えないですよね。

見違えるほどの“おねえさん系”美人のルックスと雰囲気に変貌しました。

 

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ドラマ『ファーストクラス』では見事に女優やっていましたね。

他にも映画『海月姫』や内村光良さん主演の舞台『ボクの妻と結婚してください。』にも
出演するなど、以前とは全く別の魅力で新しいファンを獲得しているのです。

また、NHKの趣味番組の出演や教養番組のナレーターとしても活躍ぶりを見せています。

様々なジャンルにまたがる才能を活かして、女優のみならず
ファッションデザイナーとしても一線で活躍しているのです。

例えば松任谷由実さんの衣装デザインも手掛けていたりします。

▶松任谷由実さん・ステージ衣装1

▶松任谷由実さん・ステージ衣装1

こちらのセンスもやはり、昔のような“ガチャガチャ風”ではなく、
エキセントリックな中にも
洗練されたセンスの良さを感じさせるモノになっていますよねぇ。

 

さて、そんな篠原さんについて、改めて調べてみました。

 

篠原ともえプロフィール&略歴

本名:篠原友恵(しのはらともえ)

生年月日:1979年3月29日

出身地:東京都青梅市

血液型:AB型

身長:152cm

スリーサイズ:B2・W62・H89

 

小学4年生くらいからデザインに興味を持ち、人形の服や小物を作るようになる。

また同時期にバレエを始め、中学1年の時にバンドを始める(担当はギター兼ボーカル)。

中学3年の夏休みに、ソニー歌手オーディションを受けて合格し、
それからはデビューに向けてボイストレーニングを受ける。

1994年には高校に進学し、翌年の7月には、石野卓球プロデュースにより
「篠原ともえ+石野卓球」名義のシングル『チャイム』でデビュー。

1996年、フジテレビ『HEY!HEY!HEY!』や
『LOVE LOVEあいしてる』、『篠原ともえのプリプリプリティ!!』で、
その人懐っこいハイテンションキャラで一躍人気者となる。

それからは数々のバラエティ番組でひっぱりだこになる。

 

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いつの間にか姿を消した理由は“大湾事件”?

やがて『シノラー』という言葉が流行するまでになり、

ファッションリーダー的存在になっていきました。

文化女子短大の卒業を控えた2001年3月、CDのキャンペーンで台湾を訪問し、
そのときに地元メディアでも報じられるスキャンダルが起きます。

それが、いわゆる“台湾事件”です。

台湾の宿泊先のホテルで、泥酔した篠原さんが「バカヤロー」などと叫び声をあげ、
裸で大暴れしたと騒ぎになったのです。

篠原(当時21)は3月5日朝に台北市の病院に入院したが、6日付の台湾新聞には「深夜にホテルで大騒ぎ」に続き、「常軌を逸した行動」「裸同然の姿でホテルを抜け出し」といったショッキングな見出しが並んでいた。

【引用元:日刊現代】

この騒動で緊急帰国した篠原さんは、釈明会見を開き、
「酔っぱらってもいないし、騒いでもいない」と本人が釈明。

「過密スケジュールのために体調不良を起こし、自分で病院へ行った」
と説明し、「急性ストレス反応」の診断書を見せたということです。

“泥酔騒動”を完全否定した篠原さんはこの時、
彼女らしくない大きなマスク姿でした。

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会見の写真をよく見ると、前歯が1本折れているように見えるのです。

これについては「差し歯が取れただけ」「のどが弱いから」「変装用」と
どうも不自然な言い訳をしているのも気になります。

真相は関係者と篠原さん本人以外に知る者はいませんが、
隠されたホントの真実のうわさが出てきました。

もし騒動が本当のことなら、謝罪をするのが自然な考えで、
それができない訳は真相が言いたくないコトの可能性が高いというのです。

うわさされた真相とは・・・
台湾のホテル従業員がカードキーを不正に使用し、篠原さんの部屋に乱入し、
暴行しようとしたところ、抵抗した篠原さんは殴られて下の前歯を折ったと・・・

その上、衣服をはぎ取られて取り乱した篠原さんは、
号泣しながらホテルの廊下に飛び出したところを保護された
という内容になっているのです。

このことで篠原さんは、相当なショックと重度のストレスのあまり
苦しみ、しばらく鬱状態が続いてしまったということなんです。

そのうちだんだんと仕事をしなくなっていくうちに、
次第に仕事も減っていったというのです。

そして、いつの間にかテレビから姿を消してしまいました。

 

知られざる期間の篠原ともえ

もともと才能に恵まれていた篠原さんですが、
表舞台から姿を消すと、コツコツと時間をかけてさらに内面を磨く努力の時期に入ります。

2001年、ミュージカル「ありがとうサボテン先生」では出演・自身初のコスチュームデザイナーとして参加。
2002年、ストレートプレイ舞台・第九回竹中直人の会『月光のつゝしみ』に出演。
2004年から2008年までキッズステーションの教育番組で歌のお姉さんとして出演。本人のコスチューム製作を担当し本人作詞・作曲による楽曲提供。
2005年、アニメ『こどものおもちゃ』がフランスのテレビ局でも放送。
2005年11月、2006年3月・6月に渡仏、パリでライブを行なっている。
2004年、ミュージカル『ピッピ』の主演。
2008年には イッセー尾形の舞台『びーめん生活』に出演。
2009年、布一面に描いたイラストをその場でカットして即興の服を作るイベントを主催。
2010年、「篠原ともえデビュー15周年記念ライブ ULTRA RELAX DAY 2010」をリキッドルームにて開催。
2011年、東京都青梅市でのライブを開催し、衣裳製作・総合演出も手がけた。天文宇宙検定3級に合格し、星空博士の称号を取得。
2012年、10代の頃から自宅で製作・録音していた楽曲を、作詞、作曲、プログラミング、アートワーク、イラストデザイン、衣裳製作を手がけ完全プロデュースアルバムとして2作リリース。
2013年、松任谷正隆のラジオ出演をきっかけに松任谷由実のコンサート『POP CLASSICO』の衣装デザイナーに抜擢。全6着の衣装と共に全メンバーのスタイリング等も手がけた。
2014年1月に、天文の普及活動による「宙(そら)ガール」の活動が認められ、「小惑星Shinohara」(14555)が国際天文学連合で学術名として正式登録された。

【引用元:Wikipedia】

そしてついに大人の女として華麗なる再ブレークした篠原ともえさん。

さらに自信に満ちあふれたオーラを放っています。

すっかり魅力的な大人の女に変身した篠原さん、そう言えば歯並びが良くなりましたね。

矯正したんですねぇ。

bofore

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