うわさの舞台裏

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裁判で詐欺を認めた父とそっくり、ローラの生い立ちと父の仕事とは?

      2015/04/26

lola

海外医療費の不正請求により、
2007年に約98万円を東京都多摩市からだまし取ったとして、
詐欺罪に問われていたタレント・ローラの父親
ジュリップ・エイエスエイ・アル被告の初公判が開かれ、
ジュリップ被告は基礎内容を認めました。

 

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これは海外で支払った医療費が還付される制度を悪用するといった手口で、
当時バングラデシュの病院で診療を受けたと、虚偽の申請書を提出し、
その目的を果たしたとされるものでした。

冒頭陳述に対して、被告人はその理由を借金の返済に充てたとし、
捜査段階において当初は関与を否定していた理由を、
子供に迷惑がかかることを懸念していたと述べたということです。

世界で最も貧しい国の一つとして知られるバングラデシュより
理想郷を求めて来日してから、数々の困難に喘ぎ続けて、
ついには犯罪行為に手を染める結果となったジュリップさんは、
追起訴分と遅延賠償金含め全額の返済を「父に代わって弁償する」と
公言していたローラに肩代わりをしてもらったと見らているようです。

またもや親思いの愛娘ローラに救われる結果となりました。

さてさて、いつの間にかお茶の間の人気者になってしまったローラですが、
この事態で父親まで露出することとなり、
なるほどローラは父親似だったのかと世間の人たちは思ったことでしょう。

そこで、急に気になり出したのは父親の国籍とローラの背景です。

“ハーフ顔”のタレントならば、
普通両親のうちどちらかが西欧系と相場が決まっているところ、
どうも聞き慣れないバングラデシュですよ。

そこで、多くの人たちはローラと父親の生い立ちを詳しく知りたいと思ったことでしょう。

さっそく調べてみました。

 

ローラの意外な生い立ち

父親ジュリップ・エイエスエイ・アル被告が日本に入国したのがいつなのかは、
どうも報じられていないようですが、母親はロシア人と日本人のクォーターで、
2人の間に1990年に生まれたのがローラです。

ローラが1歳の時にバングラデシュに渡り、現地のアメリカンスクールに通います。

6歳で一度帰国して、9歳で再びバングラデシュと、往復生活が続いたといいます。

そのうち父親の事業の経過が危うくなって、離婚となったようです。

父親を知る同国人が明かすには、実はローラの誕生後間もなく逃げてしまったのだすです。

それからというもの父親は2人の子供を抱えて
大変な思いで生活していたともらしていたということです。

もう1人の子供というのは双子の弟がいるのですね。

顔がそっくり!特に目。

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その後父親は中国人女性と再婚してまたもや双子が生まれます。

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1999年頃の生活は、
東京国立市の木造アパートで家族8人の同居生活だったということです。

家族の内訳は→父親、ローラ、双子の弟、中国人の継母、双子の弟妹、
そして継母の両親という構成だったそうです。

もう何というか、良く聞く外国人不法労働者の住む
たこ部屋状態みたいな状況だったのではないでしょうか?

しばらくして、継母の両親以外で多摩市の都営団地に引っ越すことになりましたが、
生活は相変わらず苦しいものだったらしいです。

幼い双子の弟妹の面倒はかいがいしくローラが見ていたり、
格好も今のような派手さはなく、父親想いのとてもいい子だと、
当時を知る人たちは語っていたといいます。

反抗期には、双子の育児最優先というローラと継母は度々ぶつかるようになるも、
父親だけはローラをかばってくれたのだそうです。

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ですから父親には特別な想いがあるのでしょうね。

当時のローラは地元のホームセンターでアルバイトをして、
家計のたしにしていましたが、高校生になり、
2007年『Popteen〔ポップティーン〕』で読者モデル活動を始めました。

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通っていた高校は都立府中東高校でした。

ギャラはほとんど自分では使わずに父親に渡していたということです。

 

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2008年神戸コレクションのイベント、
”神戸コレクション・モデルオーディション”で審査員特別賞を受賞し、
注目され始めました。

この頃からルックスを、”金髪+カラコン”仕様で名前を”ローラ”で行くことになりました。

その後は『東京ガールズコレクション』や『Girls Award』などで、
キャリアをどんどん積んでいきました。

2010年には『しゃべくり007』(NTV)にゲスト出演し、
ため口やら独特のリアクションが注目されるようになって、
バラエティ番組などにも出演することが多くなっていきました。

2012年からは、フジテレビの『笑っていいとも』のレギュラーですよ。

そして2013年のCM契約者数ランキングでは3位という大出世を果たします。

一見ハチャメチャなキャラで売っているように見えるローラは実はとても頭が良く、
しっかり者とのうわさもあり、ギャラ交渉は全て自身がやっていたり、
広告代理店もびっくりするような金額を要求することもあるようです。

また2012年放映の『黄金伝説サバイバル』(テレビ朝日)では見事な料理を披露して、
好感度がグンと増したといいます。

ローラといえば独特のリアクションやポーズを思い浮かべてしまいますが、
実は10代の頃、貧しい環境に負けないため、いわゆるポジティブシンキングとして、
ああやって明るく振る舞っていた名残なのだそうです。

数々の苦難にへこたれずに彼女なりに必死で生き延びてきたローラの以外な側面を知って、
向き合う心構えを変えた人は結構いるみたいです。

『徹子の部屋』では初め“タメ口”に面食らっていた黒柳徹子さんが、
徐々に本質を感じて、好意的な態度に変わっていったのが印象的でした。

まとめ→ローラはイケイケのおバカキャラで売っているが、
実はとても賢く、思いやりのある女性なのです。

もしかして、自分の商品価値を計算してのことだとしたら凄スギです。

 

ローラ プロフィール

本名:佐藤えり

生年月日:1990年3月30日

出身地:東京都

身長:165cm

所属事務所:LIBERA

 

ローラの父親の背景

2000年頃、ローラの父親は大田区蒲田でインドカレー屋を営んでいました。

ということは、その当時のローラは10歳ころですね。

バングラディシュと日本を行き来していたわけですから、
日本の生活にも不慣れだったでしょうね。

従業員はローラの叔父であるカマロさんと従兄弟のバベルさんです。

祖国のバングラディシュの生活は世界有数の貧民国で、
理想郷を求めて来日した親族なのですね。

ことごとくお店の経営に手を焼く父親は
従業員にも十分な生活環境の提供ができなかった上に
彼らは例によって就労ビザがなく、
この店以外ではまともな仕事に就くことはできませんでした。

やがて父親はカレー屋の経営に失敗し、閉店に追い込まれました。

彼らはその後、散り散りになり、元従業員の行方は分かっていないようです。

良く聞く不法外国人就労者の話はここにもあったんですね。

その後父親は、不法就労者斡旋などをやるグループの中心的存在になっていきます。

数々の不法な実績で知った裏技に、海外で支払った医療費の還付金制度を悪用し、
お金を騙し取るという詐欺を思いつき、実行します。

このグループは同様の手口で1,000万円を越える詐欺を働くこととなります。

やがて警視庁により、ICPO(インターポール)を通じて国際指名手配となりました。

父親は警察の操作の手が自分に及んでいることを察知して
国外で身を潜めていたのですが、ついに逮捕ということになってしまいます。

 

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