うわさの舞台裏

*

ブログの下着姿投稿に「ドン引き」炎上!離婚調停中の元日テレ・脊山麻理子の不倫騒動と経歴とは?

      2015/04/26

seyama

昨年12月22日、自身のブログに下着姿を披露した、
元日本テレビアナウンサーで、現在フリーの脊山麻理子さんを巡って、
ネット上では彼女に対する勘違いを指摘する批判が殺到しました。

 

sponsored link

 

脊山麻理子さんのブログはこちら▶▶▶

三十路以降のグラビアデビューや不倫騒動、彼女の言動から不快感をもよおす視聴者から、
何故かどんどん低下する脊山さんの好感度が根底にあることは間違いないのですが、
その背景について検証してみることにしましょう。

まずはこれ、先月のテレビ番組での不可解な言動がトドメになっているようです。
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

 脊山といえば、16日放送のバラエティ番組『今夜くらべてみました』(日本テレビ系)で、自宅を初公開。アンジャッシュ・渡部建が、ゲストのプライベートにダメ出しをしていくという人気企画だったにもかかわらず、脊山は「普通に(プライベートを)見せてくれって言うから見せただけで、文句言われる筋合いまったくない」などとマジギレ。同じくゲストのおのののかから、「スタッフさんから(企画の)説明受けてなかったんですか?」と質問されると、「受けてます。受けてるに決まってるじゃないですか。バカだと思ってんですか?」とまくし立て、スタジオを凍りつかせた。

この不可解な態度に、視聴者から批判が殺到。脊山のTwitterアカウント宛てには、「不愉快です。もうテレビに出ないでください」「日本から出て行け、バカ女」「ののかちゃんに土下座しろ!」といったメッセージが相次いだ。

「テレビでの自由奔放な発言から、これまでも批判が少なくなかった脊山ですが、先日のマジギレ事件以降、すっかり視聴者に嫌われてしまった。このタイミングでの下着写真の公開は、アンチに火を付けてしまったようです」(芸能ライター)

引用元:日刊サイゾー

こんなこともありました。
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

夜会開始1時間後、ほろ酔いになった脊山は、上着を脱いで語りだす。脊山は子供の頃からタレントを目指していたという。16歳の時109のキャンペーンガールになるも「やってみたら自分はこの世界、水着とか違うかなって思ったんです」と話し、その後、大学生活を経て、就職活動で日テレに入社。しかし、ここでもやはり「でも(日テレに)入ってみたら自分が思ってた事と違ったりっていうか、自分の実力のなさに泣いたり」と当時を振り返り苦悩していた様子を語った。

脊山は酔いが回ってきたのか、「なんなの?みんなはそんな真っ当な人生を歩んでいるんですか?正解を歩んでいる人がいたら、私正解ですって出てきて欲しいもん」と、くだを巻き始めた。
(略)
そして夜会終了時、脊山はおもむろに「ごちそうさま~」と言い、高木氏におごってもらう流れになった。ここで脊山は「だってほら私の収入無いじゃない?いやー、苦しいんですよホントに」と収入が少ないことを理由に、泣きの演技も交えおごってもらうスタンスを前面に出した。最後には上機嫌で「ごちそう様でーっす!」と一言。

『櫻井有吉アブナイ夜会』(4月17日放送)で

このVTRに有吉さんが「うるせぇブス!」とナイスつっこみ!!

昨年5月に写真集を出版した当時は、
とても34歳には見えない童顔や体形が注目されて話題になったものの、
次第に彼女の言動や性格があだになり、評価は下がるばかりとなってきました。

もともと、“年の割には”という条件付きなのですから、
素手で勝負というには無理があるような気もするのですが・・・

いくら所属事務所のホリプロの後押しがあったとしても、認識の甘さがあるのでは?

 

sponsored link

 

では脊山麻理子さんの過去の経歴を振り返ってみましょう。

 

脊山麻理子のプロフィール

出身地:東京都文京区

生年月日:1980年4月8日(34歳)

血液型:B型

身長:164cm

スリーサイズ:B84 W57 H84

最終学歴:慶應義塾大学環境情報学部卒業

所属事務所:ホリプロ

1999年1月、グラビアアイドルとして週刊プレイボーイに掲載。

2004年3月、日本テレビに入社。

2009年12月、一般男性と結婚。

2010年2月、日本テレビを退社。

現在は夫とは離婚協議中。

父親は東京大学医学部の教授で医者、小、中、高校は
お茶の水女子大学付属に通う、折り紙付きの“お嬢様さん”ですねぇ。

 

デビューきっかけは

子供の頃から芸能界に憧れる脊山さんは、高校生の時に109の前でスカウトされます。

高校時代に渋谷109のキャンペーンガールなどもしています。

それが芸能界の第一歩となるのですが、
親との約束を果たすために一旦休止して慶応義塾大学環境情報学部に進学しました。

ちなみに1つ先輩に現在テレビ朝日のアナウンサー・前田有紀さんが
いたらしいですが、当時から凄い人気だったらしいですよ。

大学時代もモデルの仕事は続けており、現場での好奇心から、
撮られる側ではなく撮る側にも興味を持ち、”写真”を始めます。

そして2004年3月、めまいがするほどの倍率の中、
その年は脊山さんひとりだけが日本テレビに合格したらしいです。

もともと優秀なのでしょうけども、やっぱり女子アナ志望ですし、
ルックスの問題もクリアしている上に何といっても強運なのだと思います。

その後一般男性と結婚しますが、3ヶ月後の2010年2月には日本テレビを退社し、
フリーアナウンサーになるんですね。

ってことは”寿退社”

フリーに転身後はアナウンサー業のみならず、大学時代に始めた写真でも活動し始めます。

mariko

2012年には13年ぶりの週刊プレイボーイのグラビア登場など話題を集めていました。

そんな脊山さんですが、2013年12月頃に離婚に向けて協議中との報道がありました。

また、それと同時期に脊山さんのW不倫の報道がありました。

このタイミングですから、
当然不倫と離婚協議の因果関係が世間では問いただされるわけですが、
実は離婚問題はこれが原因しているわけではなく、
もともと夫婦間が冷めきっていたからだと一部スポーツ誌では報じられていました。

 

ではその、気になる“W不倫”に関してもっと掘り下げてみましょう。

結論から言うと、このW不倫騒動は脊山さんが不倫相手の妻に
100万円支払うことで決着がついたということです。

不倫相手は30代の仕事のできる広告マンA氏です。

知り合ったのはグループでの飲み会で、その場で連絡先を交換。

最初はA氏の誘いに応じる脊山さんでしたが、
やがてデートを重ねるうちに彼女の方が積極的になっていったのだとか・・・

その後、2人の“LINE”でのやり取りを発見したA氏の妻が脊山さんに電話したのに対し、
ただ会っただけと不貞行為は認めなかったのだそうですが、
いらない一言でA氏妻は激怒したといいます。

「お宅のダンナに誘われたんで」

さあ、この勢いでA氏妻は4者会談を申し出るも、
脊山さんはことごとく理由を並べて拒否しのだそうです。

初めは、このA氏妻は謝ってさえもらえれば、許すつもりでいたらしいのですが、
会いもしないその不誠実さにキレて、訴訟問題に発展してしまったらしいのです。

双方の弁護士によるその後の和解交渉では誤解を生む行動に対する謝罪はするものの、
不貞行為そのものは認めなかったのだそうです。

不貞行為を認めないまま50万円の慰謝料でコトの収束を打診したといいますが、
結局はそれも認めることとなり決着がついた金額は100万円だったようです。

またその舞台裏事情が、ある広告業界関係者から漏れているというのですが、
実は脊山さんが、なかなか認めなかった理由というのが
“フリーになってからはお金に困っていたこと”だったらしく、
結局そのお金も親から借りたのだそうです。

ちなみにこのA氏妻の実家は長者番付にのるくらいお金持ちで、
別にお金が欲しかったのではなかったのだそうですから、さっさと謝っていれば、
お金も払わず、表沙汰にもならずにすんだのかもしれないですね。

まだ決着がついていない離婚協議にも、
このことは不利な条件になることは避けられなさそうですねぇ。

 

sponsored link

 

関連記事はこちら

 

  関連記事

Message

メールアドレスが公開されることはありません。